シリーズ : メコンの経済回廊 [2015_1月(Jan)]



    首都ハノイの南隣、ハナム省のマイ・ティェン・ズン人民委員会主席は2014年7月、日本貿易振興機構(ジェトロ)の視察団を前に、日本企業の投資を歓迎していると熱心に説いた。「外国投資家への10の公約」として、「十分な電力供給」や「労働者の寮施設の提供」「スト防止」などを掲げる。ハナム省はハノイ中心部から南に車で約1時間弱と、ハノイから通勤圏。省北端にあるドンバン第2工業団地の入居企業の話からは、省が進出後の企業支援に心を砕いている様子が伝わってくる。

      従業員数が約7,000人と同団地で2番目に多い住友電装では従業員の間ではしかが流行した際、人民委員会や衛生保健当局がワクチンや医療関係者の手配で協力。「感染拡大を初期に防ぐことができた」。日系の入居率が60%を超える同団地は、計画停電日を変えてもらうことにも成功。実施日が土曜日と通知された後、企業の生産事情に配慮し、稼働日を避けて日曜日に変更になった。

    同委員会内には日本企業窓口のジャパンデスクも設けられ、国道を横断する高架橋のつなぎ目部分の損傷が激しい箇所があるとデスクへ連絡すると、翌週に補修工事が始まった。

    同省は毎年3回、進出日系企業と会合を持って相談や要望を吸い上げ、政策や行政面の措置に生かす。  電機大手出身のコンサルタントは、各省の投資誘致競争について、「一時は各省が勝手に法人税率を引き下げていた時期があった」と振り返る。現在は、中央政府の計画投資省(MPI)が定めた全国統一基準に従うが、各省幹部は地元の魅力を高めようと躍起。外資投資を呼び込んで経済成長につなげれば、出世にもつながる。ベトナムの工業団地、輸出加工区、特別経済区(SEZ)は全国に計300カ所近くある。各省が独自に開発してきた経緯がある。



中国から離反

    ベトナムは、中国が5月以降、南シナ海の西沙諸島(パラセル諸島、ベトナム名・ホアンサ諸島)近くで石油掘削を強行したことに猛反発。市民にも怒りの火が点き、暴徒化した反中デモ隊によって中国人の死者が出た。「共産党、政府内に中国とのパイプを持つ人は相当いたが、間違いなく離反する。相当の不信感と脅威を呼び覚まさせた」。深田博史駐ベトナム大使は事態の重さを強調する。

    ベトナムの2013年の対中貿易額は約500億米ドル(約5兆1,260億円)。2位の米国(約290億米ドル)やそれに次ぐ韓国(約270億米ドル)、日本(約250億米ドル)とは大きな開きがあり、中国依存が際立つ。中国依存はもう続けられないとの危機感が急速に台頭する。

    一方、裾野産業の育成はベトナムにとって国家的課題。安い労働力を活用する輸出加工型の工業から脱皮し、20年までの工業国化を目指す「工業化戦略」の基礎でもある。深田大使は「裾野産業を育て、国内市場、地場産業を拡大させるために協力を求める国は日本をおいて他にない」と言い切る。同戦略策定にも日本政府が協力しており、自動車・同部品や電子、農機などが戦略業種として盛り込まれている。

    中国と陸、海で国境を接するクアンニン省は、ハノイから車で3時間、ハイフォンから1時間の距離にある。同省も「日系重視」。日本の製造業第1号として自動車用ワイヤハーネス大手の矢崎総業が進出した。クアンニン省の知名度は日本企業の間では低いが、世界遺産の観光名所ハロン湾があることで有名だ。

    ハノイからそのハロン湾へ向かう国道18号線の道路沿いにあるのが、同省初の日系製造業、矢崎総業が入居するドンマイ工業団地。矢崎はベトナムを「輸出加工の拠点としてグループ内で最も重要な拠点」と位置付ける。南部はホーチミン市近郊の3工場で計1万人の従業員を抱える。北部は矢崎ハイフォンベトナムが既に2工場を持ち、このドンマイ工業団地の第3工場が最も新しい。本格稼働すると北部の従業員は1万3,000人となり、南部を上回る。

    矢崎ハイフォンベトナムがこの団地を選んだ理由は、本工場のある野村ハイフォン工業団地から1時間弱の距離にあり、ハイフォンから通勤できる点、ベトナムの港湾貨物の約3割を担うハイフォン港と北部唯一の深水港であるカイラン港にも近く、港までの道路が整備されていることにある。

    クアンニン省が総力挙げて投資誘致を目指している点も評価した。川井崇社長は「縦割りの組織に横串が通っている。申請後の処理が素早い」と太鼓判を押す。矢崎は輸出加工型企業(EPE)としても同省への進出で先陣を切った。

    同省人民委員会のグエン・バン・タイン副主席は、対日本企業で同省の顔。「日本企業の投資の障害を取り除く。外国直接投資(FDI)は日本からを優先的に対応させてもらう」と日本語で話す。クアンニン省は昨年来、投資手続きを簡素化し、所要日数を半分以下の109日、投資証明書の発行を25日からわずか1週間へと大幅に縮めた。

    タイン副主席によると、同省はハロン湾を訪れる観光客でにぎわうハロンとハイフォンを結ぶ高速道路(25キロメートル)を建設する。09年末に中央政府が認可。14年9月に着工し、18年秋までに完工させる計画だ。従来、車で1時間以上のところが30分以内に縮まることになり、ハロン近郊の工場なら、ハイフォンからでも十分に通勤できる。通勤圏内に入ることは、ホワイトカラー確保の一助にもなる。

    日本貿易振興機構(ジェトロ)の「在アジア・オセアニア日系企業実態調査」(2013年度)によると、ベトナムの投資リスクの上位に挙がるのは、進出後にもよく直面する「行政手続きの煩雑さ」(66.1%)。最も多い「法制度の未整備・不透明な運用」(67.5%)や「人件費の高騰」(66.6%)に次ぐ3番目だが、3分の2の企業が問題として挙げる上位常連項目。前年調査の61.5%よりさらに多くなっている。

    同省は、ハノイ、ハイフォン、ハロンを結んだ三角形を経済発展させる地域と位置づけてインフラ整備に取り組んでいる。高速道路はその一環で、ハノイ~ハイフォン高速道路が15年末に完成し、ハイフォン~ハロンも高速道でつながれば、「従来3時間かかっていたハノイ~ハロン間は半分の1時間半で移動できる」(タイン副主席)。三角地帯の距離がぐっと縮まる。

サムスン効果

    ベトナムの国際収支構造を好転させたサムスン電子の投資から6年。サムスンの最初の投資先となったバクニン省はハノイに隣接する。首都から50キロメートル圏内は、日系企業の進出も増加。15年以降の北部のインフラ充実がこれを後押しする可能性もある。サムスン電子のスマートフォン(多機能携帯電話)工場は09年に稼働。ベトナムは12年、恒常的な貿易赤字から20年ぶりに黒字に転じた。スマホは翌13年、労働集約型のアパレルを抜いて輸出の最大品目に躍り出た。

    サムスンのようなセットメーカーを支えているのが部品メーカー。サムスンの最初のスマホ工場はバクニン省にあり、同省内で精密金型・プラスチック射出成形部品を製造するバクビエット・テクノロジーは、サムスンへ音響部品を供給。技術指導役の野島義美副社長が金型製造現場をはじめ工場管理を担う。

    バクビエットはサムスンからおよそ1年遅れの10年3月に操業を始めた。主力取引先にはサムスンのほか、キヤノンやフォスター電機、パナソニックがいる。地場民間資本100%のバクビエット・グループを率いる若手起業家チャン・アン・ヴォン会長自身が「日本の中小製造業の技術は優れている」と驚いた経験と、裾野産業の育成という国策が合わさって生まれた。

第3次ブームか

    バクニン省やハナム省などハノイ周辺5省へ進出する日系企業は増えている。ハナム省ジャパンデスクを務めるベトナム投資支援センター(BTDジャパン)によると、ハノイ周辺に進出する日系企業の数は、50キロ圏内なら5省で計266社。どの省でも近年は増えており、韓国系(計445社)には及ばないが、台湾系(計176社)をしのぐ。

    政府統計によると、最近投資が増えてきたハナム省を除く周辺4省(バクニン、ビンフック、ハイズオン、フンイエン)への外資の新規投資件数は、過去3年半が517件とその前の5年間(06~10年)の471件より多い。サムスンに追随した韓国企業の急増ぶりが目立つが、日系の増加も寄与。ハナム省はここ3年半で53件の投資がある。

    「第3次ベトナムブームを迎えている」との声もある。1990年代半ばからの第1次、2000年代半ばの第2次に続く流れの背景には、「チャイナ・プラスワン」の本命として輸出加工型企業の進出が続いている上、内需拡大も期待できる点にある。中国に近い地の利。タイの半分以下の人件費。東南アジア諸国連合(ASEAN)経済共同体(AEC)の実現を前に、域内サプライチェーンに食い込める可能性。人口ボーナス期は40年ごろまで続く。

    ベトナムへのFDIは、南部の比重が高い。ジェトロがまとめた計画投資省(MPI)や外国投資庁(FIA)の統計によれば、累計投資額(新規、認可ベース、上位20省市、1988~2014年6月20日)のシェアは46%で、北部の28%を大きくしのぐ。件数ベースでも南部の57%に対して、北部は27%しかない。だが、日本企業に限って見れば、南北格差は縮まる。

進むインフラ整備

    インフラ整備も目前に控える。住友商事グループが運営する第2タンロン工業団地(TLIP2)の川辺憲太ディレクターは「物流インフラがぐっとスケールアップする」と期待を込める。15年以降のインフラ整備の目玉は、同年末の開通を目指すハノイ~ハイフォン高速道路。2つの直轄市間の移動は現在、車で2時間半だが、高速開通で1時間まで短縮され、ハノイの外港であるハイフォンとの連結性が強まる。

    新5号線と呼ばれる高速道路は、タンロン第2があるフンイエン省を通る。団地は高速道路のインターチェンジまでわずか7キロになる。15年春ごろの完工を目指す第2期の開発と並行して、今年2月から先行販売を始めた。

    ハノイを囲む環状3号線やホン川(紅河)に架けるニャッタン橋(日越友好橋)も完工すれば、周辺の省から環状3号線経由で新高速道に入れるので、各地の工業団地から港への輸送時間が短縮される。

    ハイフォン港はベトナムの港湾貨物の3割を占める。現時点では、デルタ地帯の河川港であるため水深が7メートルと大型船の入港には十分ではないと言う弱点があるが、高速道路開通から2年後に解消される。ハイフォン港に取って代わると期待されるのが、同港の外港となるラックフエン港。日本の政府開発援助(ODA)によって17年末開港に向けた開発が進む。北部の新たな深水港(14メートル)は、8,000TEU(20フィートコンテナ換算)級の大型船舶が接岸でき、輸送リードタイムも大幅に短縮できる。貨物処理能力は第1期だけで現在のハイフォン港に匹敵する規模で、第2期でさらに倍になる。

    空を見ると、ハノイのノイバイ国際空港で15年4月、第2旅客ターミナルビルが完成する予定。ハイフォンでも既存のカットビー国際空港が拡張され、15年から国際線が就航する見込み。

    ハノイ~ハイフォン高速道路は08年に着工し、12年完工予定だったが、工事は遅れに遅れた経緯がある。それぞれのインフラ整備計画が工程通り進むかが、北部の発展を左右 する。

    進出する企業にとって、日系が多い団地は、入居企業同士の定期的な情報交換など現地事情への理解を深める協力がおおむね行き届いている。工業団地は林立しており、立地と賃料、地元の省政府や運営会社の支援姿勢、今後のインフラ整備など総合的な判断が必要になる。


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