シリーズ : メコンの経済回廊 [2015_8月(Aug)]



つばさ橋の開通

      2015年4月6日。プノンペンから南東に約60キロ。ベトナム国境に向かう国道1号線がメコン川に差し掛かるカンダル州ネアックルン地区で、そのイベントは開催された。日本からの政府開発援助(ODA)119億4000万円をかけて完成した「ネアックルン橋」。2羽の鳥が手を取り合って翼を広げたように見えることから正式名称「つばさ橋」と命名された巨大橋の開通式典には、カンボジアからフン・セン首相や日本の西村明宏国土交通副大臣らが出席。工事関係者の労をねぎらった。

    メコン川に架かる主橋は640メートル、橋長は2215メートル。アプローチ道路も含めた全長は5460メートルにも達する。2010年12月に着工、工期は4年半近くにも及んだ。国道1号線は長らくメコン川に寸断され、川を渡るにはフェリーを利用するしかなかった。混雑がなければ30分ほどだが、繁忙期には3隻の船がフル回転。それでも7、8時間は待たなくてはならなかった。しかも日没後は安全を考えて航行は休止。カンボジアからベトナム・ホーチミンへと至る大動脈は、長年にわたってこの地点がボトルネックとなっていた。

    つばさ橋の開通後は昼夜を問わず、車や住民がメコン川を自由に渡ることができるようになった。開通後の交通量は1日あたり約5000台。今後、国内流通網が整備されれば、1万台、2万台へと増えていく見通しだ。2015年末にはアセアン経済共同体(AEC)の発足が予定されており、さらにヒト・モノ・カネの流れは加速することが予想される。巨大橋の完成は近隣住民の生活を改善しただけでなく、南部経済回廊がタイからカンボジア、そしてホーチミンまで1本の道路で完全に接続されたことを意味した。

クロスボーダー輸送

    つばさ橋の開通と合わせて、タイからカンボジアを経由しベトナムに至る国境越え輸送(クロスボーダー輸送)ルートの開拓が日系企業を中心に盛んに行われている。14年8月には鴻池運輸が冷凍・冷蔵品を対象にベトナム~カンボジア~タイを結ぶ定期混載便「メコン・フード・エクスプレス」のサービスを開始。このうちベトナム・カンボジア間は現地法人が相互通行ライセンスを取得したことから越境時のトラック積替えが不要となり、荷の劣化を防ぐことが可能となった。ホーチミン市場などで水揚げされた新鮮な魚や加工品が、鮮度を保ったままプノンペンの食卓に並べられる一方、カンボジアからは衣料や靴などがタイやベトナムの市場に運ばれるようになった。

    川崎汽船“K” LINEグループも、バンコクとプノンペンを結ぶクロスボーダー輸送のサービス開始を間近に控えている。タイからは機械部品や資材などの、カンボジアからは縫製関係等の需要をそれぞれ見込む。現在、タイ国境北西部バンテイメンチェイ州ポイペトからプノンペンに至る国道5号線の実験走行などを繰り返しており、安全が確認され次第、サービスを開始する。ゆくゆくはメコン・つばさ橋を経由してベトナム市場も視野に入れたい考えだ。 (P14-15 物流特集ページに詳細情報掲載)

    双日ロジスティクスも今年からプノンペンとバンコクを陸路で結ぶ定期混載便の運行を開始した。プノンペン経済特区と協力し、日系企業の需要取り込みを目指す。従来は、税関手続きの煩雑さから小口貨物については海上輸送を行って来たという同社。20日程度かかっていたものを5日程度に短縮する。背景にあるのはAECの発足、そして陸上輸送網の整備。製造業を中心に需要に応えるとする。



国境地域で進むタイ・プラスワン

    南部経済回廊の開通を受け、国境地域に焦点を当てた新たなサービスの展開や進出の動きも始まっている。豊田通商はタイ国境に近いカンボジア・ポイペトで、日系自動車部品メーカーを対象とした支援事業を開始する。近くの経済特区(SEZ)内に「テクノパーク」を設け、進出企業に工場をレンタルするほか人材派遣・教育、一部加工請負なども行う。人件費が高騰したタイでは一部生産工程を周辺国に移し、タイに再度集約してから完成品として輸出する動きが広がっている。陸路による国際輸送網が整備されてきたことから、より近く、利便性の高い国境地域に関心が高まっている。

    自動車用シートの日本発条(ニッパツ)もポイペトに縫製部品生産のための合弁会社を設立する。ニッパツは1963年にタイに進出。海外展開は半世紀以上になるが、その節目のカンボジア進出となった。2020年度に売上高22億バーツを目指す。

    タイ・プラスワンを見据え、タイ政府も国境整備を進める考えだ。プラユット暫定首相は今年に入りタイの主要財閥と次々と会談。政府が進めるサケーオ県アランヤプラテートなど国境地域SEZへの投資を要請した。会談に応じたのは、タイ最大の財閥CPグループ、酒造最大手タイ・ビバレッジ率いるTCCグループ、消費財最大手サハ・グループ、工業団地開発アマタ・コーポレーションなど。アランヤプラテートは国境を挟んでカンボジア・ポイペトのすぐ対岸にある。

    そのためのインフラ整備も進んでいる。タイ地方水道公団は今後、カンボジア国境地域での水需要が増すとみて、アランヤプラテートに浄水場を建設する計画を進めている。予算は7億バーツ。年間処理能力約1億立法メートルの規模を目指す。カンボジア側への供給も検討する。一方、財務省関税局も同地域での経済活動が増していくことから、業務効率を引き上げるための国境税関を整備する方針でいる。同時に新たな国境検問所も設置される見通しだ。

好調なカンボジア経済

    こうした動きの背景には、このところのカンボジアの高い経済成長がある。国際通貨基金(IMF)が5月に発表した今年の国内総生産(GDP)成長率の予測値は7.2%。次年度以降も少なくとも2020年ごろまでは7.3~7.4%の高い成長が続くとみている。これらの分析は、世界銀行やアジア開発銀行など他の国際機関でも同様で、中期的な安定が企業の投資意欲を加速させる要因となっている。

    中でも輸出は好調で、全体の8割を占める主力の縫製業は引き続き堅調だ。今年第1四半期(1~3月)の縫製品の輸出額は約17億3000万米ドル。前年同期を11%も上回った。こうした中、丸紅は今年、カンボジア国内からの衣類の調達を前年比2倍増の200万着に増やす計画を立てた。縫製業をめぐっては、カンボジア国内の最低賃金が昨年2月に80米ドルから100米ドルに、さらに今年1月から128米ドルに大幅に引き上げられたことから昨年後半を中心に一時、輸出が伸び悩んだことがあったが、持ちこたえることができた。

    経済の好調ぶりに、日本など海外からの企業進出も加速している。カンボジア日本人商工会はこのほど会員数が初めて200社を突破したことを明らかにした。昨年はイオンモールプノンペンが開業し、多数のテナントなどが出展したが、今年もこうした進出ラッシュが続くものと見られている。

課題

    好調なカンボジア経済だが、課題が全くないわけではない。最低賃金の上昇は先に指摘したとおりで、今後の展開も今一つ不透明。労働争議も頻繁化しており、労働政策のありようにあっては、経済成長に影響が出ないとも限らない。少なくとも注視する必要 はある。

    曖昧だった労働許可証の運用も厳格化される見通しだ。タイと同様にカンボジアでは、外国人が国内で労働しようとする場合に労働許可証の取得が義務付けられる。これまでは現場ごとに対応が異なっていたものを、カンボジア内務省の通知により一律に厳格運用されることとなった。ビジネスビザの延長にも影響するだけに、しっかりとした対応をしておきたい。

    カンボジア進出を虎視眈々と狙うライバル中国の動向も注視する必要もある。つばさ橋が開通した日の5日前、同じメコン川上流の北部ストゥントレン州では、新たに中国の支援を受けて完成した「カンボジア・中国友好橋」(全長1731メートル)の記念式典が行われていた。式典に臨んだフン・セン首相は「友人である中国は我々に多くの道路と橋を造ってくれた」と挨拶。最大限の賛辞を贈り、中国側への配慮を見 せた。

    内戦の戦禍からようやく立ち直りを始めたカンボジア経済。まだまだ足腰は弱く、インフラも不十分で、外国資本と強調しながら静かな歩みを続けている。だが、20歳未満人口が45%と圧倒的で、将来性では抜群の同国。南部経済回廊、AECの発足。21世紀のカンボジアから当分、目が離せそうにない。


引用:
0