シリーズ : メコンの経済回廊 [2015_10月(Oct)]

変貌を遂げるラオス
日系メーカーの進出が加速 中国の動きも顕著に




     その瞬間を、ラオス建設大手ライサオ・グループと現地の開発コンサルタント・サワンTVSの関係者は感慨深く見守っていた。今年8月5日、首都ビエンチャンで開催されたラオス政府主催の経済特区(SEZ)開発許可記念式典。南部チャンパーサック県パクセーに計画された「パクセー・ジャパン中小企業専用経済特区」の認可を前に、共同で開発を請け負ったサワンTVSのワンダナ代表は「これで日本企業を誘致する下地が揃った」と安堵した表情を見せた。厳しい自然環境を背景に長らく経済発展から取り残されてきたラオス。その内陸国がここに来て国際的な注目を集めている。食指を伸ばすのは、隣国タイ、中国、ベトナム、それに日本などの資本だ。ラオスを取り巻く現況をまとめた。



日系中小企業を誘致

    パクセ・ジャパン経済特区は、日本の中小企業向けに特化したアセアン諸国でも珍しいSEZ。指定エリアは625ヘクタールあり、このうちの3分の1ほどで先行して事業化が進められようとしている。日系製造メーカーが数多く進出するタイを拠点(ハブ)として、タイ・プラスワンを加速させるためにラオス政府が肝煎りで支援する国家的事業。すでに和装小物メーカーのアンドウ(京都市)や自動車・産業機械部品などを製造する大和産業(東京都)が誘致を受け工場設置を決めている。アセアン域内に足掛かりを持たない中小企業が進出しやすいように大企業の入居を認めていないのが最大の特徴。入居制限することで、労働力をめぐる獲得競争の心配もない。

    南部最大の都市パクセーは、チャンパーサック県の県都で人口10万人を抱えるが、製造業が点在するほどしかない田舎街。メコン川に架かるラオス日本大橋(パクセー橋)が最大の構造物とされ、ここから南に60キロも行けばカンボジアとの国境に通じるコーンパペンの滝にぶつかる。滝の高さは最大で20数メートルもあり、長さは下流に向け10キロ以上も続く。フランスの植民地時代、船舶がここから上流に航行できず、当該流域だけ軽便鉄道が敷設されたことでも有名な場所だ。こうした自然環境が長期間に渡り、ラオスを陸の孤島とさせてきた。

    そのラオスに今、日系企業が進出する動きが広がっている。中部サワンナケート県にあるサワン・セノ工業団地B街区には、大手光学機器メーカーのニコンが2013年末に工場を稼働。以来、順調に日系企業が増え、今年に入ってC街区ではトヨタ紡織が自動車用シートカバーの生産を、D街区ではアデランスがかつらの基礎となるベース製造から植毛、仕上げまでの一貫生産をそれぞれ開始した。現在、周辺一帯で進出企業は約20社を数える。その背後にあるのは、今年2015年が日本とラオスの国交樹立60周年という友好気運だ。

    労働賃金が上昇したタイでは、日系企業を中心に周辺国への工場分散が本格的な検討時期を迎えている。カンボジアやミャンマーも対象ではあるが、前者は今年初めに最低賃金が月額128米ドルに引き上げられ、後者はインフラの未整備などがそれぞれネックとなって問題を抱えている。こうした中で相対的に関心が高まっているのがラオスだ。ラオスは民族的にタイと近く、言葉の壁も少ない。タイで技術やマネジメントを習得したタイ人管理職を赴任させることも可能だ。このような背景と国交樹立60周年を受け、数年前には1億ドルにも満たなかった日本からラオスへの直接投資額は、一昨年以降2億5000万米ドルを超える高水準にまで急上昇した。そして今、中小企業も後に続こうとしている。

対抗する中国資本

    こうした日系企業の動きに真正面から立ち向かおうとするのが中国だ。今年5月には雲南省の陳豪省長がラオスを公式訪問した。狙いが経済協力の強化であることは明白だった。応対に出たのはラオスのソムサワット副首相で、日本との関係推進をおくびにも出さずに国賓級の待遇に努めた。結果、中国側と交わされたのは、さらなる貿易・物流などの強化と中国側からの資金融資、国境通関の利便性強化、中国とラオスを結ぶ高速鉄道や高速道路の建設促進、メコン川の水運活用などの合意だった。

    それだけではない。ラオス北東端ルアンナムター県やボーケーオ県の中国やタイ国境では、付近一帯が経済特区に指定された2000年代半ば以降、中国資本の巨大ホテルやカジノが相次いで建設され、主に中国からの観光客を呼び込んでいる。取り巻く街並みは中国語一色で、ここがラオスとは見間違うほど。背後には08年に開通した雲南省からラオス国境ルアンナムター県ボーテンを経由し、ボーケーオ県まで連なる高規格道路があった。道路の開通により所要時間はそれまでの半分以下となり、ヒトやモノの交流が一気に進んだ。

    中国政府がラオスに関心を向けるのは、当該エリアが習近平政権が掲げる現代版シルクロード「一帯一路」構想の要衝と重なるからだ。東シナ海と南シナ海しか持たない中国にとって、マラッカ海峡を経ない南アジアに通じるルートは、交易や安全保障の見地からも欠かせない重要な戦略拠点。ラオスを通じることで、タイやミャンマーを経てインド洋を視野に入れることができるほか、四川省や重慶で生産した自動車部品などを製造業が集積するタイに陸路輸送することが可能となる。隣国として日本企業の動きを傍観できないという事情があるわけだ。

タイ政府も交易を加速

    一方で、歴史的に結びつきの強いタイ政府も黙って見ているわけにはいかない。14年の対ラオスの貿易額は前年比6.34%増の54億4000万米ドル。タイ政府はこれを17年までに81億ドルにまで拡大させる方針を決め、経済特区などの国境整備を強化する方針だ。東北部ノーンカイからラオス側タナレーンを結ぶ国際鉄道駅周辺では、タイ側が協力して路線の延伸や倉庫、コンテナヤードを建設する計画が進められている。これまで同駅は観光客が年に3 8000人ほど利用するだけだった。これを貨物ルートとして拡張し、相互物流を促進させようというのがタイ政府の描く戦略だ。

    タイ・ラオス友好橋を活用した旅客及び貨物輸送の拡大も目指している。13年末に完成した第4タイ・ラオス友好橋は、タイ側チェンライ県チェンコンとラオス側ボーケーオ県フアイサーイを自動車道路が結ぶ。この近くに一大輸送ターミナルを建設しようというのがタイ側の計画だ。

    すでに用地買収のための予算を計上済。フアイサーイには中国資本が建設したホテルやカジノもあり、中国との友好関係を演出しながら日本側の出方を牽制しようという政治的な思惑もにじんでいる。このほか、タイ政府はビッグCやMKグループといった有力タイ資本のラオス進出についても、側面から支援する姿勢を鮮明としている。

高い経済成長率

    このような中でラオス政府は、軸足を上手に置き換えながらも、当分の間は多方面全方位外交を展開していく考えだ。最近では、日本や中国、タイに加え、もう一つの隣国ベトナムとの友好関係構築も進めている。今年2月には中部ラオスと同ベトナムを結ぶデンサワン・ラオバオ国境でヒトやモノの通関手続等を容易とするシングルストップ検査が導入され注目を集めた。5月末に行われたラオス最南部アッタプー県の新国際空港建設式典にはベトナム側からチョン・タン・サン国家主席が参列し話題に。両国間の貿易額は14年が対前年比24.5%増の14億米ドルと高い伸びを記録したが、サン主席は「今年は20億ドルを目指す」と挨拶し自信のほどをうかがわせた。

    だが、明るい材料ばかりがあるわけではない。ラオスの人口は650万人余りとアセアン諸国では際立って少ない。企業の進出ラッシュが続いた後に、一気に労働力不足となる可能性さえある。タイに出稼ぎに出ている数十万人のラオス人が故郷に戻って就業すると指摘する意見もあるが、その保障はどこにもない。ラオスの現在の最低賃金は月額約78米ドル。今年4月に3年ぶりに引き上げられたが、近い将来に再び引き上げられないとも限らない。全部で10ある経済特区もビエンチャンとサワンナケートなど除いてはほとんど進捗が見られていない。中国国境ボーテン経済特区に至っては特定経済区へ格下げがあったほど。周辺の工場予定地はゴーストタウンと化している。

    それでも、14年の対前年比GDP成長率が7.8%、今年も7.6%の成長が見込まれるラオス市場の魅力は尽きない。最低賃金が上昇したと言っても、実勢ではタイのまだ4分の1の水準でしかなく、当分はこの状態が続くと見られている。豊富な水資源は電力供給地・投資地としての可能性も秘める。人口や産業、軍事力で強大な隣国を周囲に複数抱えながらも、内陸国ラオスは絶妙な経済的・政治的バランスの下で、遅れた経済発展と変貌を遂げようとしている。


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