シリーズ : メコンの経済回廊[2016_2月(Feb)]


     南北に1,600km。広く南シナ海に面し、古来より交易の中継地だったベトナム。日本や中国などと同様に漢字文化圏に属するこの国は、長い間、欧米中といった強国の干渉の下で歩みを続けてきたが、近年は産業・交易の場として変貌を遂げようとしている。背後にあるのは、アセアン経済共同体(AEC)の発足や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の大枠合意など、世界を取り巻く貿易自由化の流れだ。日本や中国、さらには東南アジアの主要国タイまでもが虎視眈々と照準を定めるまでとなったベトナム。その「今」を概観した


■「開放が経済発展に寄与」

    タイの3分の2ほどの国土に1.4倍、9,000万人を超える人口を抱えるのが現在のベトナムだ。その若き豊富な労働力は労働集約型の成長産業を支え、2015年第3四半期(7月~9月)末までに政府から開発認可を受けた工業団地は計299カ所にも。うち7割が開業済みで、入居率は5割に達しようとしている。総事業面積は3万haを超える見通しで、すでに売上高も1,100億米ドルを超えた。世界が高い成長ぶりに注目している。

    一方で、部材生産など国内裾野産業の十分な成長がないまま、AEC加盟国やTPP参加国の中でも低水準の発展段階にあるというのもまた事実だ。だが、遅れてきた産業育成を取り戻そうと、市場開放にかけるベトナム政府や民間資本の意気込みは他国にも比べ際立って高い。

    グエン・タン・ズン首相は「AEC発足やTPP参加はベトナム経済の発展に寄与する」として、さらなる経済特区(SEZ)の拡張を指示。北中部タインホア省では事業化用地の規模を従来の約1万9,000haから10万ha超に引き上げるように指示した。農業・地方開発省も「ベトナム農業自立の千載一遇のチャンス」と市場開放に期待を寄せる。こうした流れを受けて、世界銀行ではTPP参加など一連の開放政策でGDP成長率は2030年まで年8~10%に達すると見込む。

■ベトナムへの接近狙うタイ

    周辺諸国などからの視線も熱い。タイのソムキット副首相(経済担当)は、成長戦略を描くにあたってベトナムの存在が無視できなくなっている。国土を南北に連なる「南北経済回廊」やミャンマー南部とタイ、ラオス、ベトナム中部を結ぶ「東西回廊」を措いて、このところバンコクからプノンペン、ホーチミンに至る「南部回廊」を優先して開発したいと口にするようになったのはこのためだ。タイ自身は中国との関係からTPP参加に慎重な姿勢を崩せないでいる。少しでも参加国とのパイプを広げておきたい考えだ。

    これらを見据えタイ国内からの投資も盛んだ。工業団地開発大手のアマタ・コーポレーションは南部ドンナイ省で「アマタ工業団地」(約700ha)を展開するが、北部クアンニン省ハロン市など2カ所で新たに「アマタシティー工業団地」の建設を進める。近郊に大型深海港のラックフェン港が17年中にも開港するのを見据えた措置で、向こう10数年で総投資額は15億ドル以上。ハロン市だけで開発面積は6,000ha。「チャイナ・リスク」を少しでも回避したいとする日本企業を取り込む戦略だ。アマタはここ数年の予算のうち約6割をベトナムに集中投下する計画でいる。

    ライバル関係にある工業団地開発ヘマラート・ランド・アンド・デベロップメントを傘下に率いる賃貸倉庫工場運営WHAコーポレーションもベトナム進出を計画する。早ければ16年前半にも現地子会社を設立し、骨子についてまとめる考え。開発した土地を証券化し、タイ証券市場で上場させるプランも検討する。このほか、タイ消費財大手サハ・グループもベトナムでの不動産・物流事業に乗り出す方針を示している。タイのTPP参加を待っていては勝機を逸すると、参加国の日系企業と組んで乗り込む戦略を立てている。さらに、タイ国内の生命保険や大手財閥などの動きもある。

    日本企業も動き出している。総合物流の山九は昨年5月、南部ドンナイ省に日系最大となる物流施設を開所させた。もともとベトナムには、自動車向け部材などを生産し、組立地タイなどに輸出を手掛ける日系企業が少なくない。TPP交渉が妥結とならば、内外のさまざまな企業がAEC効果と相まってベトナムとの物流を模索してくる可能性がある。こうした需要をいち早く取り込もうと、検品や仕分けなど流通加工にも対応した施設とした。





■国を挙げて市場開放へ

    だが、課題も山積みする。最大のものが原産地規則だ。TPP交渉の合意では、優遇関税を受けるためには原料の自前調達という条件が大枠として付された。ベトナムにとって最大の基幹産業は縫製業。ところが、原料の多くを非参加国の中国からの輸入に頼っているのが現状で、これをクリアしなければ恩恵を得られない。香港や中国、台湾の縫製メーカーなどの中には事態を見越してベトナム国内に先行進出し、市場を押さえてしまおうとする動きもあるほどでハードルは決して低くはない。

    国民の重要な蛋白源である豚肉なども、生産性の上では米国などに大きく劣る。生産効率は米国の3割以下というのが現実で、関税撤廃の一方で生産性をどう引き上げるのかも大きな課題。しかも農畜産業の大半は零細小規模農家。ただ、いずれの場合でもベトナム政府は総じて楽観の構えを崩していない。農業・地方開発省の担当官も「外国との競争に勝つためには生産性と競争力の向上が必要だ。市場開放を国内産業発展の契機としたい」と話す。

    「ベトナムがTPPに参加したのは、市場開放を契機に中国からの依存脱却を進めようとしているから」と解説するのは、交渉の舞台裏を観てきた現地の貿易関係者。これまで全輸出量の3分の1を占めたのが中国との交易だった。AECの発足、TPPへの参加でこれらが劇的に変化を遂げる可能性は十分にある。近視眼にとらわれない中長期的な視点から、ベトナムの「試練」が試されようとしている。


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