国境という閉塞感を越えて行くシンガポール人たち

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 シンガポールの英字紙『THE STRAITS TIMES』は、「オーストラリアに住むシンガポール人女性が3作目の小説を出版した」とかつて同社に勤めていた元同僚のことを文化面で報じている。

 

 Lau Siew Mei さ ん(49) は 1994 年、シンガポールの政治システムに息苦しさを覚えてオーストラリアに移住した。彼女の小説のテーマは移民。「『移民の最後のひとり』とは、後ろに続こうとする人たちの希望を断ち切り、ドアをピシャリと閉める人」だという。主人公はイラン-パキスタンの血を引く元シンガポール人。オーストラリア移住後、政府の移民局で働く。白人の同僚からは「いつ帰るんだ? いや家じゃなくて本国に」と揶揄され、そして職分として違法入国した移民を厳しく取り扱う。

 

 Lau さんは、移住後同国で市民権を獲得。メルボルンでシングルマザーとして2人の子どもを育て上げた。公務員をしながら法学校を卒業し、今年10月にはチェコに渡って法律家としての仕事に就くという。


 シンガポールは 19 世紀にラッフルズ卿が英国の植民地化して以来、様々な民族的背景を持った人たちが事業しに、あるいは労働者として働きに、機会を求めてやってきた。マレー系民族および混血プラナカンが住む土壌に、南中国からあるいは南インドから多くの者たちがやってきた。そしてその子孫たちが現在のシンガポール人を形成している。シンガポールが国家という形を成すまでは、自らがシンガポール人であるという認識はおそらくはほぼなく、むしろ自分たちの祖先がどこからやってきたのか、という部分にアイデンティティの多くを置いていたものと思える。

 

 

 国家としてのシンガポールが成立して、シンガポール人であることのアイデンティティ教育が始まって数世代経ち、経済的発展もあってようやくシンガポール人としての意識が定着してきたように見える。それでもなお、彼らが自国で一生を過ごす意識は日本人のそれよりもぐっと軽く、ともすれば先祖同様別の国で生きていくことも可能だと捉えている様に思う。


 起業家から売春者まで、自らの人生に活路を見出すためこの国にやってくる人は多い。現に人口の半数近くは永住者や一時的な在住者で、その環境から生まれる国際結婚は約 23%にのぼる。


 そして日本。特に個人レベルで漂う閉塞感。シンガポール人となった彼らの、またシンガポールを通り過ぎていく彼らの生き方から学び、出口を求めても良いかもしれない。

 

岩田弘志:1998年シンガポールに渡る。引越し会社、メディア会社などでの勤務経験ののち独立。ウェブメディア「シンガポール経済新聞」、「ミャンマーエクスプレス」編集長などを歴任。シンガポール和僑会代表理事も務めていた。現在はシンガポールと日本各地を巡りながら、コミュニティ・ビジネス「セッションX」を立ち上げに勤しんでいる。

 

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