公園都市国家シンガポールと自転車

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 今年4月に発刊されたシンガポールを舞台にした経済小説『タックスヘイヴン』は、馴染みのある通りやお店の数々が出てくる中で登場人物たちが躍動し、翻弄されていくストーリーが興味深く、至福の読後感であった。

 

 ただ、登場人物たちは実によく歩く。日中は気温が30度にものぼり湿度も高いことから、日本では散歩程度の距離でもシンガポールでは汗だくになる。タクシー代も日本と比べ安いことから在住者は、気軽にタクシーを利用する。登場人物たちは実に日本の感覚で歩き、移動していて、この辺りはこの小説の愛すべき齟齬だと感じている。

 

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 話題は変わって自転車。シンガポールで自転車乗りと言えばやや揶揄した言い方だが「インド人」か「中国人」と呼ばれる。いずれも民族としてではなく、シンガポール国民として育ったインド系や中華系はあまり自転車には乗らない。外国人労働者としてやってきた彼らは、本国で乗るのと同様に自転車に乗る者がいる。自転車レーンがなく、かつ大型バスが威圧的に走るこの国で、右に左に関係なく道路を横切っている。

 

 趣味としての自転車もあるにはある。ピチピチの自転車用スーツを着用しヘルメットを被ったスポーツ自転車の趣味人は、祝日前の深夜や土日の早朝に活動する。高速で駆け抜ける彼らは、通行量が少ないことをいいことに信号を無視しながら走行する。自転車のこうした現状は、エアコンがきつく、飽食で廃棄食料が多く、車優先の全体効率性を追った前世紀的な都市のかたちと相まって、なんともいびつな雰囲気をシンガポールのイメージに加えている。

 

 欧州では自転車を見直す試みが進んでいて、自転車レーンや駐輪施設の整備やレンタルシステムの導入など諸施策が行なわれている。元イギリス統治領で世界都市となったシンガポールもこのままではいささか恥ずかしい。政府は、ガーデンシティと言われる国土全体が公園のような優位性を活かして、自転車道の整備を始めている。「ナショナル・サイクリング・プラン」によると2030年までに国内に700kmの自転車道を整備するという。

 

岩田弘志:1998年シンガポールに渡る。引越会社、メディア会社な どでの勤務経験ののち独立。ウェブメディア「シンガポール経済新 聞」編集長やシンガポール和僑会の代表理事などを務めていた。 現在はビジネスドメインをシンガポールからアセアン地区に拡大 を図り、翻訳記事を配信する「ミャンマーエクスプレス」編集長など を行いながら各国を回っている。